「あっ、信号が点滅しだした・・・」 「あーあ、また遅刻か・・」と呟いた時、
傍らで「くすっ」と笑う声が聞こえた。
気づくと、横断歩道で、なんと二人のばあちゃんにはさまれていた。
一人のばあちゃんは目が不自由らしく、白い杖を握っている。
もう一人のばあちゃんは耳が不自由なのか、耳に大きな補聴器が見えている。
俺は高校三年生。そろそろ受験という時期に、毎日遅刻をしては先生の小言で耳にたこ状態だ。
今日も教室の後ろからそーっと入るのか・・・とその場面を想像して信号が青になるのを待っていた。
すると横に居た耳の不自由そうな、ばあちゃんが「そのバス、待って!」と叫んだ。
その声を聞いた目の不自由そうなばあちゃんが「わたしも乗る!待って」とつられた様に叫ぶ。
「えっ?」と驚いて前方を見ると、バスが停留所近くで止まろうとしていた。
赤信号が青になり、二人とも渡りきれるのか・・?とつい、老婆心ならぬ若者心で気をもんだ。
そうこうしているうちに信号が青になった。
今かとばかりに僕の心配をよそに、二人のばあちゃんたちはそれぞれに走り出した。
白い杖をトントンと横断歩道を叩きながら、今にもこけそうな足取りで。
もう一人のばあちゃんは、前から寄せ来る人並みの中から飛んでくる。
「危ない。ばあさん」という声も聞こえず、バスめがけて一心不乱に横断歩道を斜めに突っ走る!
「あーどうしたらいいんだ・・・助けてあげようか・・・でも、遅刻するな。」と悩む間、
頭の中は、担任の苦虫をつぶしたような顔や偏差値の短冊用紙、
それに両親の困った顔などが走馬灯のように頭の中を駆け巡る・・・・
「しかたないや」と思い、気づけば二人のばあちゃんの手を握り締め、バスめがけて走っていた。
両手に花とはよく言ったものだ。
横断歩道のど真ん中、押し寄せる人波の中で、二人を後方に僕は盾となり突き進んだ。
気分はすっかりスーパーマン!
やがて信号がピッポ、ピッポと鳴り出した。
「あと一歩!あと少し」と二人に声をかけつつ、やっと横断歩道を渡り終えた。
しかし、バスはドアを閉めて、前進する寸前。
「ばあちゃん達、もうちょっとここに居るんだよ」と二人の手を繋ぎ合わせ、
バスの前方目掛けて駆け寄りドアをドンドン叩く。
そして、こう叫んだ!
「歩くのがやっとの人たちだしこのバスは乗り過ごせないんだ。ドアをあけてくれ」って。
バスの運転手も苦笑しながら、僕ら三人の横断歩道の珍道中を見ていたらしく、すんなりドアをあけてくれた。
二人のばあちゃんがバスに乗れる確認を取り、ばあちゃん達をお迎えだ。
三人のスクラムで無事到着、無事乗車。
「運転手さん、待たせて済みません。ありがとう。 ばあちゃん達をよろしくお願いします」
と手を上げたら、運転手は無言で笑い、バスのクラクションをプップーと二回鳴らし、
ほどほどのスピードで走り出して行ってしまった。
そして、一人取り残された俺は、
今は亡き自分のばあちゃんと過ごした子供の頃を思い出していた。
ばあちゃんの知恵袋じゃないけど、色んな事を教えてくれたな・・。
ふと気づくと、八時半!
「あっ、また遅刻か・・・でも今日はオニ担任に叱られても気分は雲らねえや。」と呟き、
そして、慌てて学校へ向かう。
オレ、十八歳!青春まっだだ中!